学生の頃の努力・勉強は一生のもの

社会人になって25年、月日が経つのは本当に早いものです。1年1年、あっという間に過ぎ去っていきます。新しい年を迎えることは嬉しいことですが、1年を振り返って、自分はこの1年何を残してきたのだろう・・・と毎年考えます。

そう考えた時に必ず思うのは、学生の時、せめて中学生の時からもっともっと勉強しておけばよかった、ということと、世の中をもっと見ておけばよかった、ということです。自分生まれ育った環境が悪かったなんて思ったこともありました。 もっとお金持ちの家に生まれていたならばいろんな経験ができたのに・・・なんて思っていたこともあります。 確かに環境も大事だとは思いますが、何事も努力すれば夢は叶う、と今では考えるようになりました。

私の辿ってきた道は、何となく高校へ入り、適当に勉強し、高校を卒業してまで勉強したくなかったのですぐ就職して何となく仕事をしている、というものです。

今は結婚して、子供もいてそれなりに幸せではあるとは思いますが、どこか心の中では、ここのまま歳をとっていってもいいのか?という疑問がついて回っています。学生の頃は、将来の自分がこんなことを考えるなんて思ってもみませんでした。

40年以上生きてきて思うのは、社会にでればやはり学歴が大事であるということです。いくら個性とかやる気があっても行き着くところは、学歴が最も大事だ、と私は思っています。

もっと勉強していたならば、自分の学力を生かし大学へ行き、良い会社に入り、いろんな人と出会っていろんなことを吸収し、有意義に生活できたのに、なんで勉強しなかったのかと、すごく後悔しています。

私は俗に言うキャリアウーマンというのに憧れます。世のキャリアウーマンと呼ばれる人達は、自分の夢に向かって必死で努力したに違いありません。すごくうらやましく思う反面、夢もなく、目的もなく、努力とは無縁であった自分が恥ずかしく思えてしまいます。

私は、学生の時は努力というのが嫌いでした。いかに楽に学生生活を送ってやろうかと考えていました。高校時代も授業に出ず早退したことも何度もあります。

今になって思えば、なんて勿体無いことしていたのだろうと、無駄な時間を過ごしていたのだろうという思いでいっぱいです。タイムスリップして、昔の自分を思いっきり叱ってやりたいです。

両親、特に母親はいつも「勉強しろ!勉強しろ!」とうるさくいっていました。 学生の頃の私はそんなこと右から左で、勉強なんて試験前に少しやるくらいでした。 成績はもちろんよくありませんでした。 今思えば、母親も私のことを思ってうるさく言ってくれており、努力すれば自分に返ってくるのだから頑張れ!とも言いたかったに違いないと思います。

もう一つ、後悔していることは、世の中をぜんぜん知らなかったということです。

今の学生は、就職体験というのがあって、いろんな仕事の体験が出来ます。 これも世間を知る1つの方法だと思います。 今の学生には、いろんなことを吸収して欲しいと思っています。

私達の時代にはそういったことが全くありませんでした。 自分から探ろうとしたこともありませんでした。 どういう職業があってどんなことをするのか、世の中がどんなものなのか全く知りませんでしたし、知ろうとも思いませんでした。 親の仕事にも興味がなかったと思います。

大人は学生に、「世間は厳しいぞ」しか言いません。 どう厳しいのか、その厳しさをどう乗り越えればよいのかを学生のときから教えるべきだと思います。 大人も自分達のことで精一杯なのは分かります、今の自分がそうですから。 しかし学校、家庭でそういう教育がしっかり出来ていたならば、新卒で就職した方が、世間に出たときの厳しさに直面するにおいて、ワンクッションあるのではないかと思います。

しかし、何といっても何事も自分で学ぶことが大事だ、ということには変わりありませんので、学生の頃の自分に言いたいことは「必死で努力しろ」ということです。