将来性のなさで共闘して転職を決意

新卒入社でIT系の企業に就職した女性です。入社してすぐ、この会社に入ったのは間違いだったと思いました。それでも、三年以上は…という思いもあり、結局五年目で退職するに至ったのですが、その流れをご紹介します。

三年目を迎えた頃に在職しながら転職活動を行う先輩社員にセクハラな人がいたこと、仕事にやりがいを見いだせなかったこと、会社の空気にやる気がなくこのままだと腐ってしまいそうだと思ったこと、このような思いから一度転職活動を行いましたが、仕事をしながらの活動は面接の日程調整が難しかったり、平日に突然休んだらおかしいと思われないか? という気持ちから、あまり幅を広げて行うことができませんでした。今後自分が何をしたいのかという事もあまり明確ではなく、面接にいった会社から不採用を言い渡されたこともあり、2・3社受けた程度でこの時は転職を諦めました。

頼りになる上司、同じ課の先輩が退職

親会社の方針で頼りになる上司が異動となり、自分たちに降り掛かる仕事の難易度が格段にあがりました。それなのに昇給もなし、でも転職する勇気もなく、ただ漫然と目の前の仕事をこなしている状態でした。そんな日々が過ぎ、四年目の夏に突然、同じ課の先輩が転職先も決まり退職すると言い出したのです。

引き継ぎ期間は1ヶ月程度ありましたが、そのような短い期間で引き継げるような内容ではなく(インフラ保守の内容でした)、残された私の一つ上の先輩に非常に重圧がかかる状態となってしまいました。私と一つ上の先輩は元々仲が良く、このままでは自分たちが大変な事になるけど、お互いが一人ずつ辞めるのは引き継ぎが重なって残される人たちも大変になるから、一緒に会社を辞めようという事で結託しました。

引き継ぎ資料を作る

四年目の夏を過ぎ、私と一つ上の先輩は残業をしながら引き継ぎ資料の作成に没頭しました。会社を辞めた人のことを、残された人たちが不満の声で非難していたのは耳にしていたので、自分たちは少しでもそのような事にならないように、という気持ちでした。紙資料はいるものといらないものに分け、いるものはインデックスを付けてファイリング。普段よく使用するマニュアル類と一緒にファイルし、これを見ればおおかたの事は大丈夫です、と言って渡せるようにしました。(私もすでに異動する人から引き継いだシステムだったので、はっきりと細かい事まで分からないことが多く、それでも普段行う運用はある程度決まっていたので、「おおかた」という表現になっていました。)

ファイルサーバーの中身を整理する

紙媒体よりも電子資料の方が多かったので、自分のPC内に保存していたデータを、課のメンバーが共有して利用するサーバーの中に移動しました。 その際、ファイルサーバーの中身が整理されておらず、みんな自由勝手に使っているという意見があったため、独断で課のファイルサーバー整理を断行しました。 新しく上位階層をもうけ、その下に保存する資料は新しく作成したルールに乗っ取って保存していくことにしました。はじめこそ、これじゃ今までの資料に作ったショートカットが利用出来ない!など文句も言われましたが、会社を去る身としてこれは後々皆の役に立つという思いで実施し、断行から二週間程度で不満も出なくなり結果として整理はうまくいきました。

課のマネージャーに報告

四年目の冬、ついにマネージャーに退職の意を伝えることにしました。しかしマネージャーが骨折で入院。本当は年末に言いたかったのが年明け一月末くらいになってしまいました。先輩はこの会社でずっと働く意がないこと、私は結婚することが決まり住居が遠くなる関係で辞めたいと嘘をつき、マネージャーに納得してもらいました。 先輩は元々辞めた先輩から引き継いだ自分の仕事の負荷が大きすぎるのでこのままではちょっとキツい、という事を話しており、でもなんとか頑張ってと言われ四万程基本給の底上げに成功していました。それから半年程度たち、やはり無理だったという流れだったので、課の主力ではありましたが、無理に引き止められる事もなく退職を了承してもらえました。

計画的な引き継ぎ

一月末に報告し、二月下旬には残されるメンバーに退職の旨が伝えられました。それから私は四月まで、先輩は業務の関係で七月まで引き継ぎを行いながら、並行して通常業務も行いました。一般的な引き継ぎより長い期間だと思われると思いますが、もうこの会社を去れるという希望があったので、三ヶ月程度はどうとでもなるという思いでした。 私が引き継ぎを行った方は、自分が大変になるという思いだけだったので、あまり積極的に引き継ぎに取り組んでくれる感じではありませんでした。マネージャーには増員も進言していましたが、会社の経営が苦しいとかで人は増えず、その分が残されたメンバーへの負荷になったのです。

しかし、私としてはやることはやったし文句を言うなら上長に言ってくれ、という思いでした。 ちなみに通常業務もボリュームのあるものだったため、この期間に転職活動を行う余裕もなく、退職後に活動をはじめました。 付き合っている人がいたので、無職の期間があってもなんとかなるという思いがあったためです。

退職

無事に退職が出来ました。出社しなくなってから一ヶ月間は有休消化だったので、その間は、引き継ぎを行った方から、この案件はどうしたらいいのか、など質問のメールがきていましたが、有休消化が終わりしばらくしてからはそのような連絡はなく、前職の人たちとの付き合いは一切なくなりました。 しかし、一緒に退職を画策した先輩とは連絡を取ることもあります。 その後は転職活動に専念し、先輩は一ヶ月程度で仕事が見つかり、私は現在も求職活動を行っています。